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『この国の失敗の本質』(柳田邦男、講談社文庫) 667円+税

 筆者は柳田邦男。彼はノンフィクション作家というよりは、日本を代表する文明評論家の1人であると私は思う。彼は1つの論文を書くために、たくさんの人にインタビューをし、さらにたくさんの文献・資料を読み込んでいる。また、問題点を指摘するだけでなく、かなり具体的な解決策をも提示している。その点で問題点を声高に叫ぶだけの並みの評論家とは全く一線を画しているのだ。

 この本に収められた論文の多くは「失われた10年」と言われる1990年代の半ばから半ば過ぎにかけて書かれたものである。その間、日本では、行政、銀行、大企業、医療界で大失態・スキャンダルがあい続いた。その原因を彼は戦前から日本社会が抱えているシステムと価値観の欠陥に求めた。そして、日本人には「過去に学ばない欠陥遺伝子」があるとする。特に、日本の指導者、特に、エリート官僚と大学病院の医師の一部は未だに「モノ」「カネ」拡大志向、「上昇志向」、「優越主義」が強く、一般の国民の価値観と大きく異なっているとする。そこで、日本の指導者は、自分の価値観を対象化し、「自分殺し」の試練に身を投じ、「死と再生」の道程を歩むべきであるとしている。

 しかし、それでも彼は指導者・専門家・エリートに期待する。本書やその姉妹本の『緊急発言 いのちへI・II』(講談社)で彼は、政治家や官僚の不正や嘘を隠すことのできないような情報公開制度、重大な事故・災害・公害・薬害・行政の失敗などを中立的な立場で客観的に調査分析して教訓を生かせるようにする調査制度を確立することなどを提言している。また、専門家には、客観性を維持しながらも、乾いた第三者の立場ではなく、一般市民、とりわけ被害者、病者、社会的弱者の立場に寄り添い、その身になって考える「2.5人称の視点」を、制度的にも職業倫理の面でも定着させる必要があることを力説している。

 このように、彼は、20世紀に日本が積み残した課題を明らかにし、解決策を提示している。彼はそろそろ評論活動から引退するつもりであったようだが、日本の危機の深刻さに思いを致し、命を削って珠玉の論文を書き続けた。本書とその姉妹本は彼の後に続く我々に対する彼の遺言なのかもしれない。

 彼に示唆を与えた『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』の著者の1人である戸部良一防衛大学校教授の「解説」も実に適切である。柳田氏は「動乱の猛者(もさ)よ輩出せよ」呼び掛けているが、戸部氏は、「より高い地位と所得を追い求めるのではなく、より大きな責任と労苦を担おうとするのが真のエリートである。組織の利害や前例にとらわれず、失敗の原因を正面から見据えるのが、『動乱の猛者』であろう」と解説している。また、戸部氏は、柳田氏の発想を「有事の発想」と称している。「有事の発想」とは、「戦争や災害や事故がないのに越したことはないが、またないほうが望ましいに決まっているけれど、まったくないとは言い切れないので、それが起こった場合を想定して準備をしておく、という程度の考え方のことである」。日本人は一般に希望的観測で物事を予測し、発言することが多い。しかし、これからは、最悪の場合に備えて、体力や資力のあるうちに日ごろから用意しておくという発想と視点が求められよう。

 以下に本書の章立てを示す。具体的な解説は後日に譲る。

 I 「私のいのち」は誰のもの

患者は医学論文のたんなるデータか/医学の進歩は個人の権利をベースに/遺伝子診断の告知をどうする/尊厳死への多様な可能性を探ろう/伝染病差別の歴史を繰り返すな/薬害の教訓を生かさなかった歴史/水俣病放置の構造と薬害エイズ/「これは大変だ」と感じない権威主義/医師も行政も「聞く」システムを/画期的な薬害エイズ黒田委員会の提言

 II 大災害と生存この国をどうすればよいのか

災害対策の国際協力の強化を/体で覚えないと自分を守れない/阪神大震災―覆った「常識」/大震災の現場を歩いて考えたこと/阪神大震災に学ぶ危機管理の核心/なぜ何かが伝わってこないのか/いま、なぜ心の支援か/災害の中の女性問題/ライフライン情報とメディア

 III 効率追求社会の事故と人間

大事業、老人の転ばないまちづくり/「24時間社会」の危険な時間帯/医療事故はなぜ繰り返されるのか/「人間の記録」からの三池事故検証/「思考力をもつ機長」像への問題提起/《もんじゅ》事故の「事故隠し」の本質/ハイテク時代こそ人間中心の発想を/「マッハの恐怖」二十年目の新事実

 IV 戦史――現在に通じる失敗

ゼロ戦コンセプトの成功と失敗/ミッドウェー海戦―「運命の五分間」の必然

 V この国をどうする

現場で考える重要さ/カリスマ支配の怖さ、ナチとオウム/秀才科学者がなぜオウムの幹部に/福祉汚職の構造と官僚の価値観/少年犯罪と放置される犯罪被害者/失敗に学ばないこの国の悲劇/戦後システムを建て直す必要条件四つ/この日本をどうすればよいのか

 本書は日本の指導者やその卵が1年をかけてじっくり読むべき本である。特に最後の3点の論文「失敗に学ばないこの国の悲劇」「戦後システムを建て直す必要条件四つ」「この日本をどうすればよいのか」は必読である。

 私も2000年末から2002年にかけて折りに触れて本書を熟読してきた。残念ながら彼の教訓を生かそうとする動きはほとんど見られない。公務員を目指す受験生には総合試験・面接・集団討論対策にもなるが、現状の改革に熱意と志のある政治家、公務員、国民の多くにもぜひじっくりと読んでもらいたいと思う。

(02/01/02 渡辺一郎)
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