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国際法インサイト
 このコーナーは、ASIL Insight ( http://www.asil.org/insights.htm )の記事をピックアップ、抄訳したものです。国際法の学習は、国際社会のトピックスにあわせて行っていく必要があります。このサイトを、基本書や判例集がフォローしていない最新の重要判例・事例を補っていくのに活用してください。
 
第5回 米軍偵察機が中国機と衝突April 2001
翻訳・要約 杉原龍太  
 2001年4月1日、米国偵察ターボプロップ機が、中国海南島の少なくとも南50マイルの洋上で飛行中、その動きを追跡してきた中国戦闘機と衝突した。米軍機は中国に緊急着陸し、一方、中国機は墜落した。明らかに、米国機のパイロットは、中国からの口頭による着陸許可を得ていなかった。米国機に搭乗していたすべての乗務員は、運良く事故から生還した。中国のパイロットは発見されておらず、海上で死亡したと見られている。

 米国機が、日常的に偵察任務を行っていたことは明らかなようだ。偵察だけでなく、中国陸軍基地からの電気信号を傍受することも可能であった。中国当局は、米国機が急に向きを変えたため、中国機に衝突したと主張する。米国当局は、米国偵察機の動きを追跡する中国機が接近しすぎたため、中国機の側に過失があると主張する。

 米中ともに当事国である国際民間航空条約(シカゴ条約)は、国際民間航空機関(ICAO)に対して、非商業目的の政府航空機ではなく国際民間航空機について空の規則を制定する権限を与える。けれども条約は、その3条cで「締約国の国の航空機は、特別協定その他の方法による許可を受け、且つ、その条件に従うのでなければ、他の国の領域の上空を飛行し、又はその領域に着陸してはならない」という1。米国機は、沿岸国の領海と認められている12マイルの限界を越えた洋上を飛行していたので、たとえ中国が主張する防空圏(air defense zone)2のなかであっても、中国領域の上空を飛行していたとは言えない。その後、米国機は、口頭による着陸許可なしに中国領域に着陸したけれども、これは遭難(distress)として行ったことである3。慣習国際法は、海上の船舶が他国の港に遭難の際に入港する権利を認めている。類推すれば、おそらく同様の権利が国の航空機も含めて遭難中の航空機についても拡張される。たとえ、シカゴ条約が遭難中の国の航空機のために3条cに特別な例外を含めていなくてもである。非商業目的の国の航空機についてではなく、民間航空機に適用される25条は、「各締約国は、その領域内で遭難した航空機に対して実行可能と認める救済措置を執る…ことを約束する」と言う。

 中国は、衝突が起きた南シナ海上空での偵察飛行を統制したり禁止したりする権利を明確に主張する。米国は、ときに戦時或いは宣言された自然現象による緊急事態の際には、領海を越えた特別な統制海域(「防衛海域」(defensive sea areas))と主張するものを設定することがある4。しかし、中国が南シナ海上空に主張する種類のものは不明確で、とにかく他国の政府から承認されていない。監視される国の空域を使わずに偵察飛行を行うことは、技術と装備をもってこれを行っている米国やその他の国にとっては共通の実行である。偵察のための航空機の使用は、監視される国からは非友誼的行為とみなされるけれども、監視される国の領海を越えた場合には、おそらく国際法違反となるが、そうした偵察じたいは、自衛権を発動させるような武力攻撃でも侵略行為でもない。

 中国高官は、着陸後の航空機に乗り込んでいる。報道によれば、おそらくその装備を調べたものと思われる。彼らは、乗務員を排除して、装備のいくつかを取り外したかもしれない。11日後、米国は、中国機のパイロットの遺族の損失及び中国領空への侵入と口頭による着陸許可なしに着陸したことについて、大変に申し訳なかった(it was very sorry)と言い、その後、中国は、乗員の解放に同意した。

 航空機は、在中国米国大使館と同じ意味の外交免除は享有しない。1979年の在テヘラン米国大使館占拠事件における世界法廷のイランに対する判決も、直接には関連していない5。とはいえ、航空機は米国海軍の装備であり、事故と着陸の時点では公務中にあった。米国は、航空機が慣習国際法の主権免除原則上、中国当局による主権の行為からの免除を享有する(いくつかの点でそれは外交免除と似ている)――少なくとも、遭難時の緊急着陸であったため、中国領空での着陸が国際法上許容されるならば――と合理的に強く主張する。古い米国最高裁の判例で、1812年に判決された「スクーナ船エクスチェンジ号」事件6は、入港中の外国軍艦が、入港国の管轄権から免除されるという国際法上の基準を示したと考えられている。この事件では、海の嵐の結果遭難により米国の港に侵入したフランス軍艦に対して、二人のアメリカ人が海事訴訟(a libel in admiralty)を提起している。最高裁は、国際法上の原則の下に、軍艦の免除を判示した。同様の原則は、航空機の場合にも適用されるはずであり、航空機の装備に対しても、いかなる主権の行使からも免除される。

 米国の航空機とその装備に対する主権免除の主張は、1982年国連海洋法条約の幾つかの規定によっても、いくぶん強化される7。米国は、条約の当事国ではないが、その規定のほとんどは、慣習国際法を表現していると考えられている。条約95条では、公海上の軍艦は、旗国以外のいかなる国の管轄からも完全な主権免除を享有する。32条では、軍艦が他国の領海内にあったとしても、乗船からの免除を享有する8。1968年北朝鮮が米国艦船プエブロ号を約15マイルの地点で拿捕した際にも、米国はプエブロ号が国際法上拿捕から免除されることを根拠に抗議した9

 船舶は、軍艦として分類されるために武装している必要はない。軍用機は、たとえ非武装であっても軍艦と同様である。しかし中国当局は、中国領域の空港で米軍機に乗り込んだ。彼らは航空機がそこに存在する権利はなく、したがって免除はない、と主張する。問題は、上述した遭難によって許容される外国領域への侵入の原則の下で、航空機がそこに存在する権利を有するか否かということになる。

著者について
 フレデリック・L・カージス。ワシントン・リー大学ロースクール教授。国連法に関する著作・論文あり。American Journal of International Lawの編集員の一人。
 
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